Thursday, July 20, 2006

Marriage A-la-mode by William Hogarth

当 世 風 結 婚 (6枚組)
ウィリアム・ホガース
1745
エッチング、エングレーヴィング

 『当 世 風 結 婚』の6枚 組は、いわゆる「描かれた道徳」の頂点となすもので、画家・版画家としてのホガースの名声を後世に残すのに貢献した代表作の一つです。原画となった油彩画は、ホガースがフランスに旅行する1743年に完成しました。原画はもう1セットあったことが知られていますが、現在ロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵するセットは細部にわたって銅版画に近いので、1745年までに描き直された後のセットではないかと推定されます。銅版の彫刻にあたっては、フランス人彫版師のルイ・ジェラール・スコタンの技術を全面的に受け入れていますが、顔は自分で彫ったといわれ、もちろんビュランの「あたり」として最初に施すエッチングも、ホガース自身の手によるものでしょう。当時のヨーロッパでは下絵と彫版はまったくの分業であったことを考えれば、ホガースのこの版画への意欲が窺えます。

第1葉 結婚の契約
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング (G.スコッタン)
35.6×44.5cm 第5ステート 1745

スクワンダーフィール伯爵家(スクワンダーは浪費の意味)の豪華な応接間で、その息子とロンドン市参事会員(裕福ではあるが貴族ではない)の娘との結婚の相談の場面。
左端の伯爵は、ノルマンディー公ウィリアム以来の自分の家系を誇らしげに示しています(左足は痛風、つまり美食=贅沢を示しています)。
向かい合う参事会員は、娘の持参金として千ポンドを伯爵ではなく二人の間に立っている高利貸しに支払い、後者は証文を伯爵に渡しています。
伯爵はそれによって、中断していた新しい豪華な居館(窓の外)の工事継続が可能になる(建築士らしい人物が窓の外を見ている)。
一方右端の新郎は新婦を庶民の小娘と蔑み、彼女はそれに対する不満を露にしていますが、弁護士が彼女を宥めています。
壁を埋める名画(特定できるものもいくつかある)は、結婚の将来が多難であることを暗示しています。
右下で、番犬が紐で無理矢理繋がれているのがいかにもおかしいのです。
第2葉 怠惰な朝
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング (B.バロン)
35.6×44.8cm 第3ステート 1745

お家の事情で結婚した若夫妻の生活ぶり。
暖炉の上の時計は午前1時20分を指しています。
左端の伯爵2世は帰宅したばかりですが、遊びくたびれた様子です。
欠伸をする夫人はいざ知らず、犬は彼の浮気を嗅ぎつけているようです(ポケットに入った女物の帽子の臭いを嗅いでいます)。
一方打ち捨てられて所在のない新婦は、一日トランプやら、音楽の稽古やら、遊技の本を読んで時間をつぶしていたらしいのです。
右の召使い(メソジスト派信者)は、たった1枚の領収書と沢山の請求書を手に、二人の乱れた生活に対し神の許しをこうています。
暖炉の上の絵のキューピットは、今や弓を捨てて喇叭を吹き鳴らしています。
大天使に変身して、二人を楽園から追い出しにかかるところか。
その他、新家庭の破綻を暗示するものがいたるところにあります。

第3葉 薮医者のもとで
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング(B.バロン)
35.2×44.9cm 第3ステート 1745

放蕩の末梅毒に侵された新伯爵は、その道の偽医者(『娼婦一代記』臨終の場面の場面にも登場したミソーバン博士とされます。また彼は、壁に掛かった珍品に混じった歯の欠けた櫛や髭剃りから、前身が床屋であったことがわかる)のところに、すでに調合してもらった薬に効き目がないといって抗議にやってきたところです。
彼が連れてきた女性については、夫人と愛人の二説があります。
中央に立つ大きな女(手にし手術用のナイフを持っている)は、医者の妻あるいは助手と思われますが、伯爵の別の愛人とか、女の説もあります。
胸にF.C.のイニシアルのあるのは、ホガースがしばしば角つき合った絵画競売人の娘ファニ・コックに当てつけたという見方があります。
彼女の顔にも、この花柳病の印の斑点があります。

第4葉 伯爵夫人の接見
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング(S.F.ラヴネ)
35.2×44.0cm 第3ステート 1745

こちらは社交遊びに明け暮れする伯爵夫人。
しかし彼女のお目当ては第1葉に登場したドン・ファンの弁護士です。
彼は左端で尊大に寝そべって、仮面舞踏会の絵を指し、かつその招待券を示して彼女を誘っています。
右の壁には、彼の肖像画まであります。
周りには、イタリア人のカストラートやそのファンの有閑夫人、ドイツ人のフルート吹き、ダンディーで知られたプロシャ公使等々、当時の社交界を代表する実在の、あるいは象徴的な人物がひしめいています。
壁の絵は、浮気や不倫を暗示する主題ばかりです。
そこここに幼児の玩具があるのは、伯爵夫人にすでに子どものいることを暗示しています。

第5葉 伯爵の死
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング (S.F.ラヴネ)
35.4×44.8cm 第4ステート 1745

伯爵夫人と弁護士は、仮面舞踏会に行って、その帰りに連れ込み宿にしけ込みます(床の上に仮面が二つ転がっており、右下隅のコルセットの向こうに、「ザ・バーニョ」と書いた勘定書が見える)。
さすがに不信を抱いた伯爵が後をつけて来て不倫の現場に踏み込み、弁護士と決闘の末、心臓を一突きにされて倒れます。
弁護士は、寝間着のままで窓から逃げ出します。
騒ぎに駆けつける、宿の主人と夜警。
後ろの壁画の主題は、「ソロモンの審判」で、ここでは夫人が夫か愛人かの選択を迫られる寓意とされます。
左上の壁では、福音書記者の聖ルカが、愚かで醜い世事の記録者となっています。

第6葉 伯爵夫人の自殺
ウィリアム・ホガース 『当世風結婚』
エングレーヴィング(G.スコッタン)
35.4×44.6cm 第3ステート 1745

場所はテムズ河畔の伯爵夫人の実家です。
伯爵家に比べて質実な室内です。
壁の絵も、貴族のイタリア好みに比べてこちらはオランダ派のものばかりです(中産階級の趣味の悪さを諷刺したもの)。
夫が愛人に殺され、そしてまた、愛人が絞首刑になって絶望した伯爵夫人は、毒をあおって自殺します。
彼女の足元に「弁護士シルヴァータングの最後の談話」と書かれた絞首台マークつきの号外と、「阿片剤」のラベルのある瓶が落ちています。 
召使いの抱く夫人の遺児は、先天性梅毒に侵されていて頬に斑点があり、脚もない(見えている片足は義足)。
この子が女児でありかつ不治の病であることで、長い伝統を持つ伯爵家は、ついに断絶することになるのです。
薬屋が「なぜ奥様に渡した」と召使いを責めているのは、号外のことか、それとも薬のことか。
死語硬直が始まる前にと、娘の指から指輪を抜く父親は、愛よりも富を重んじる商人の本質を諷刺しています。
鬘とステッキから医者とわかる人物が、右の戸口から去って行きます。

No comments: